Railway gun

Web系企業に勤めるサラリーマンが書くブログ。技術に関してだったり他の物だったりします。30代になりました。

九条改憲論者が護憲派の方々から受けてるかもしれない誤解

本日、憲法記念日という事で、ニュースアプリやらTV番組やらで憲法関連の情報が次々と流れてくる。このブログに政治的な事を書くのはどうだろうと思っていたが、改憲論者として思うところがあったので書いてみます。主語がデカかったりする部分があったとしたらお許しください。

私のスタンス

私自身は憲法九条は変更し、自衛のための軍事組織を持つことを明記するべきだと思っている。また、九条だけではなく、文民統制や軍事組織の統制、軍法会議の設置など、自衛のための軍事組織をはっきり認めた上でそれを縛ることを明記していくべきだと考えている。

別に「自衛隊員の士気のため」というお話では無く、現状では軍事組織を持たない安全保障は成り立たないし、通常の法執行が難しいような非常時に動くのが軍事組織である以上、それを憲法で縛っておかないと非常に怖い、という考えからだ。

要するに何が言いたいかというと、この記事は中立的な考えの人が書いてるわけではないよ!ということです。

護憲派の意見が響いてこない一番の理由

私は単なるサラリーマンであって、政治活動など何もしたことは無い。ただ、たまたま自分の人間関係の範囲で「護憲派」の方々がいたため、何度か話をしたことがある。(個人の付き合いで話をしたというだけで、別に護憲派の集会に殴り込んだとかそんなことではない。)

そこで言われるのが、戦争は二度と起こしたくはないとか改憲論者は戦争を起こしたいと思っているのかという事だ。ネット上やTV討論などでも戦争をしたくないから九条を改憲するなんてとんでもない!とかもっと極端な意見だと改憲論者は戦争をしたいなら、お前らが徴兵されろなどと言われる。

この点、すごく意識差が大きいと思うのだが、改憲論者の99%は平和が一番。戦争なんてとんでもない!と思っているのではないか。少なくとも私は日本が戦争に巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。

護憲派も単にキャッチコピーのようなものとして「九条=平和」という図式で言っているのかもしれないが、改憲派も別に戦争なんかしたくないわけで、九条を変えさせないために「戦争反対!」と言われても、「え・・ああ・・そうっスね」と面食らうだけで、あまり響いてくるものが無い、という結果に陥っているのではないか。だってこっちも平和が大事なんだもの。ニュースで流れてくる、護憲派集会のテーマでも「平和」「命」などのテーマが踊っているが、それらが重要であるというところは、改憲派の大半も同意するところではないだろうか。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/5/56/Peace_Statue_of_Nagasaki_20150926.jpeg

「対話が重要」なのも良く分かってる

また、護憲派の方々からもう一つ良く言われるのが「武力での解決なんてとんでもない!対話で解決すべき!」という内容。たぶん、改憲論者の大半は対話が重要なのはわかってる。ちょっと外交交渉がこじれたくらいで「よろしい、ならば戦争だ。」みたいな事は時代遅れ甚だしいと思うし、武力による解決という選択は行うべきではないと思う。

護憲派の方々のご意見を聞くと外交交渉の解決策として「対話」と「武力」が両立しえない、とお考えなのではないかという気がすることが多い。つまり、対話が重要なので、武力の準備をするなんてとんでもないし、武力の準備を選択するような奴は対話をはなから捨ててかかってる、というようなことだ。でも、「対話が重要」という事も別にわかってるし、そう思っている。

結局のところ、改憲派の大多数も、平和が大事だと思っているし、外交交渉は対話で解決すべきという点は護憲派とそう変わりない気がするので、その点で何か言われても『え、そんな「人間が生きるのに空気が要りますよね」みたいなことを言われても…』という話になってしまうのではないか。いまいち議論がかみ合わない一番のポイントである気がする。

ちなみに、直近で朝日新聞の出していた憲法に関する世論調査「あなたは、安全保障を考える上で、軍事的な面と外交や経済などの非軍事的な面ではどちらの面がより重要だと思いますか。軍事的な面ですか。非軍事的な面ですか。」等という項目があったが、この考えがそのまま違和感の正体である。だって「水と空気とどっちが大事ですか?」と聞かれても「どっちも大事です」としか答えられないし・・。

www.asahi.com


憲法に軍事組織が書かれていなくて怖くないのだろうかという疑問

護憲派の方々の中でも人によって分かれる部分だと思うのが、「自衛戦争は是とするのか」という点である。若干の誤謬を恐れずに言うと「自衛隊を認めるのか否か」という事に繋がる。政党で言うと、自民・公明はいわずもがな立憲民主党民進党希望の党日本維新の会自由党自衛隊は認めており、廃止しようとも思っていないようだ。日本共産党は「将来的に廃止」の立場であり、社民党は良く分からない。

少なくとも政党の勢力と主張を見る限りだと「自衛隊は存続」と思っている政党が大多数であり、世論調査でも「自衛隊を無くそう」と思っている人はあまりいないようだ*1

護憲派の中には「九条が自衛隊の活動を抑制的にしてきた」と仰る人がいるが、はっきり言ってここは納得できない。理由は単純で、九条に自衛隊の事は書いてないし、どの範囲で活動するなんて規定されてないからだ。「いや憲法は理念的な物であり、自衛隊を明記しなくても自衛権は認められているから。」という主張も聞くが、これはそれっぽいし、実際、政府の憲法解釈はそれで動いてきたのだろうが、護憲派の方々は「自衛隊の活動を抑制的にしたい」という主張をお持ちの方が多いように見えるのに、「自衛隊憲法に書いて、その範囲や権限を明確化しよう」という主張の方を見たことが無い。縛られていない事実上の軍事組織が存在しているような状態であるのに、怖くはないのだろうか。

これに対して、「いや、そもそも一行政組織である自衛隊を特別視して憲法に書くことがおかしい」という主張も見たことがある。これにもちょっと納得がいかない。冒頭にも書いたが、軍事組織というのは、通常の法律適用が出来ないような環境下で活動するものであり、かつ軍事組織は国家最大の武力を持つ組織であり、その構成員も他の行政組織よりも巨大になる。自衛官民進党議員に対して暴言を吐いた事件で「一歩間違えばクーデターだ」という批判論調も見たが、実際に軍事組織はクーデターとかを起こすような能力も持ち合わせていると考えたほうがいい。(今の自衛隊がクーデターを起こす組織、と言いたいわけでは無い。)要するに「通常の行政組織」では片付けられないのが軍事組織であり、だからこそ諸外国の憲法には軍事に関する条項がある事が多いのだと思うし、日本でも憲法に軍事組織を明記し、その権限と役割、統制原理などを記載すべきだと思うのだが、なぜこのような意見が「自衛隊の活動を抑制したい」側である護憲派から出てこないのかがちょっと不思議。

ちなみに、私は護憲派政党の中では、共産党の主張が一番シンパシーと感じる。何故なら、共産党は将来的目標とはいえ、九条の完全実施(=自衛隊の解消)を取り下げておらず、「自衛隊(≒自衛のための軍事組織)は必要だ。でも九条を変えたくない。」と言っている他の護憲派政党よりはよっぽど筋が通っていると思えるからだ。勿論、私自身は自衛隊を無くすべきとは思っていないので、その主張に同意する事は無いが。

https://lh3.googleusercontent.com/-T4jpTF5_aVQ/U0Jh0cBsSvI/AAAAAAAARlc/ZUGkwNkHeGs4HyVA01Mma1yazN0xp9NKQCHMYBhgL/04_059.JPG

身内の集会で気炎を上げるより、平場で議論してみてほしい。

これは憲法に限った話では無いのだが、ニュースを見ていて良く流れてくるのが「護憲派が〇〇人動員した集会を開いた」「改憲派の○○会議が大会を開いた」とかそういったニュース。基本的に護憲派の開く集会に改憲派の講演が行われることは無いし、逆もまたしかり。さらに、自分と逆のスタンスの集会に参加する事というのはほぼ無いはず。もし自分とは逆のスタンスの集会に参加する人がいたとすれば、その人は「相手の話を聞こう」と考えている相当意識が高く、尊敬すべき人だと思う。

要するに、護憲派改憲派も自分と同じ主張の仲間内で気炎を上げたところで、「よっしゃ、やってやろうぜ!」以上の意味は無く、興味ない人や逆の主張の人を取り込むことは出来ないのではないか。それよりも、相反する主張を持った団体の中心人物達が平場で議論するのを見てみたいと思う。今日の夜もNHKで各政党の代表が冷静に憲法論議をしている番組を見たが、ああいう場を民間団体でももっと増やしてほしい。何より、身内だけで気炎を上げているだけになっていると、何やら自分の意見に反対している人がモンスターか何かのように見えてきて、対立が精鋭化しすぎてしまう気がする。

あとは、「憲法改悪」とか「憲法改良」みたいな表現で別の視点の人を「善」と「悪」のような単純な対立構造に見せるようなこともあまり良くないと思う。憲法改正は第96条に書かれている条項に従って行われる改正であって、改悪とか改良とかいうのは客観的に存在するものではないのだから。「憲法改正投票は日本を分断してしまう」という意見もみるが、その前に冷静な議論が積み重ねられていたのであれば、仮に憲法改正国民投票が行われ、どのような結果になったとしても「日本が分断」されることは無いのではないかと思う。

まとめ

長くなってしまったが、要するに改憲論者の大部分も別に戦争なんかしたいと思ってないし、命も平和も大事だし、「外交においては武力より対話が重要」と思ってるんじゃないですか、少なくとも私はそうですよというお話。もちろん、護憲派の方々が大前提として「命は大事。平和は大事。」と仰ることは自由ではあるのだが、九条改正論議でそれを前面に押し出して言われても「あっハイ」となるだけで、改憲論者側には伝わりづらいんじゃないかなぁ、と思う。単なる一サラリーマンの戯言に過ぎませんが、もし読んでくれた方がいらっしゃったとしたら、とてもうれしいです。